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2007年1月

ダリダ2

ダリダの没後15年たった記念のCDがあります。先日街で耳にしたべザメムーチョも、これに入っています。RRRRRと、アールをものすごくまくのは、彼女の特色。(だから、物まねもされてしまうのですが)でも、あの声、マリアカラスと同様に、声の中に全人生がつまっているような声。

今もなお愛されてやまないダリダです。

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恋の病

おそらく日本でも人気のある曲のひとつ「恋の病」。セルジュ・ラマがヒットさせた曲です。

「もう夢も見ない。タバコもすわない。物語もない・・・」

という小さな文章の繰り返しで始まるこの曲の現題は"Je suis malade"、直訳すると「私は病気」になってしまうのです。

amour 恋 という言葉の出番は少ないのに、この「私は病気」が繰り返され、メロディは印象深く入り込んできます。

「あなたなしでは、私は汚い。醜い。孤児院のみなし子のよう。」

「もう自分の人生なんて生きる気がない。あなたが出て行ってしまったとたん、私の人生はなくなってしまう。幸せな振りをするのには疲れた、もうへとへと・・・もう私の生活もない。ベッドさえ、駅のホームになってしまう。」

「毎晩飲むどのウイスキーも同じ味。どの船も、あなたの旗を掲げ、私は、もう何処へ行ったらよいかもわからない。

あなたは、どこにでもいるのに。」

男性が歌ってヒットさせ、性別の必要なフランス語は歌詞も男性形です。が、「ふらりとやってきては、ふらりと消える」恋の相手って、私には、そちらの方が男性なのじゃないかしら?と思えます。だから、私には、この歌は女性の言葉と思ったほうがしっくりきます。作詞は実際、女性です。ただ、

「私は病気、(この気分の重さ、つらさ、とでもしましょうか)まるで、母親がでかけた夜、ひとり取り残されたよう・・・」

という部分だけ、これは男性の発言かしら?なんて思ってしまいます。母親に夜、置き去りにされる子供、これまた、愛の足りなさを強調するかのようです。

「私は病気、完全に病気、あなたは前触れなしにやってきて、そして、どこかへまた出かけていく・・・」

「私は病気・・・あなたは私から歌を奪い、言葉を涸らせた。出会う前には、私には才能があったのに。」

「この愛が私を殺す。これが続いたら、私はひとりで(私と一緒に)死ぬ。ばかなガキみたいに、ラジオの前で、私は病気、とうたう自分の歌を聞きながら・・・聞いてるの、まわりを取り囲まれて、私は完全に病気・・・」

さあ、皆さんには、女性の歌か男性の歌か、どちらに思われますか?

単なる「私は病気」を「恋の病」という見事な日本語に発展させた訳者に、拍手を送ります。

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ダリダという歌手

ダリダは、日本で言うと、誰だろう?歌唱力は高く人気も高い、外人女性歌手。もともとエジプト出身のイタリア人なので、フランス語はなまりが強い。カリスマ性も強く、70年代ごろの派手なファッション、髪型も印象が強く、よく、お笑いやら物まねのねたにされる。その歌った曲は400曲以上。

買い物をしていたら、彼女のうたった、「べザメ・ムーチョ」が、どこからか、聞こえてきた。この曲も、フランスではあまりにもポピュラーで、ポピュラーすぎて、いつも、聞き流していたけれど、

ダリダが歌うと、説得力がある。フランス語はなまっているまま、その芝居がかった歌の世界こそが、物まねになってしまうのだけれど、それこそがダリダの世界。文章でかけない、これが、アーチスト、という世界。

彼女は、自分でさびしい人生を終えてしまったらしい。

ダリダの時代は、歌手がみな、歌える人々だった時代だ。そして、今改めて当時のビデオクリップなどを見ると、歌えるだけではなく、たいていの歌手は本当の意味で歌手であり、なおかつアーチストであった・・・という、強さと質を感じる。

日本で人気のほどは知らないけれど、少し前の歌手なら、ダリダをお勧めします

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あけましておめでとうございます

あけましておめでとうございます。さまざまなできごとが、またクリスマスから新年の間にもおきました。

クリスマスを親戚と無事に過ごしたと思ったら、久しぶりの風邪をひいてしまいました。タバコの煙が引き金になったのか、菌が前からかくれていたのか・・・たいしたことがないといいな、と思いましたが、27日には微熱に発展、医者へ行くことに。抗生物質を増やしながらの年越しでした。だいぶ調子もよくなってきて思うことは「私っておしゃべりだったんだ」ということ。熱が出るほどカラダにきているときは、声もかすれます。それ以前に”ハラに力が入らず”、話したいという元気もなくなってしまいます。

幸い、こんなことはめずらしいこと・・・微熱ですんだだけ、よいほうです。

まだ歌うのには、日にちがいりそうですが、仕事始めは日本と同じように来週から。今年はゆっくりしたいと思います。(去年は3日からでした!)

田舎へ遊びに行きましたが、隊長もいまいちで、なんとも退屈、薬もさらに必要・・・ということで、早々にパリに戻ってきました。パリはうるさいし、狭いし、田舎よりよいというわけではないのですが、やっぱり、買い物もしたいし、休日をめいっぱい利用したい、と思う気持がうずうずしているところをみると、私ってやはり都会っ子の端くれなのかしら・・・と思ってしまいます。

本日は、作詞家ピエール・ドラノエの葬儀が行われました。実に4000作品、500曲のヒット・・・アズナブールなど、大物も迎えての式でした。

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